(一社)日本医療カウンセラー協会 代表理事の土田くみです。
今日は自分自身のことをちょっと書いてみたいと思います。
私は元々は幼稚園教諭と保育士を10年してきました。
30過ぎから心理カウンセラーになりたいと思い民間のカウンセリングスクールに通い精神科に勤務し、精神科の心理士をしながら、もっと心理学を深めたいと心理学部に編入学をし、心理学を学びました。
四年生のとき卒業論文があります。
その卒論のテーマが「カウンセラーはどうあるべきか」でした。
当時の私の指導教諭は私の論文テーマを変えた方がよい、早すぎる。
土田さんにはカウンセラーはどうあるべきか?は早すぎる。
と言われて、何回も気持ちをお伝えしたことを思い出しました。
ゼミの教授に相談して、私には早いのか?
と思いを打ち明けたらいいと思うと応援してくださり、その教授から私の論文を書くことを許可をしてやって欲しいと指導教諭に言ってくださいました。
心理士としては私はかなりの異端児でしたから、教授から目をつけられても仕方ないのですが、言えることはその時の自分自身に嘘をつきたくないことです。
自分自身に嘘をつきたくない、カウンセラーは仮面を被るか自分自身をさらけ出すかだけだとそれを肝に命じ当時はカウンセリングをしてました。
自分自身がかなり辛くてもクライアントには微塵も出さないカウンセラーをするか、自己分析をした上であーでもない、こーでもない、と悩み続けながら、エリクソンのいう一緒にクライアントと共に思春期のような一面を持つ確立していないカウンセラーであること。
そのようなことを書きたかったし書いたと思います。
そして今、またカウンセラーはどうあるべきか?
これは永遠に答えはでないし、むしろ出してはいけないと思っています。
カウンセラーが決めつけ、これで良いなんて思い込めばカウンセリング自身が偏りを生みクライアントの自己実現を妨げてしまうかもしれません。
しかしカウンセリングには治療枠というものがあり、それはクライアントとカウンセラー両方にとり大切なことです。
良く昔患者さんに私は冷たいですよと話したことがありました。
それはあなたの悩みを聞いているこの瞬間はあなたを思い、しかし2時間あとはあなたを忘れているということです。
私はあなた以外の患者さんのための話を聞いているから私のことなど気にしないで何でも打ち明けてくださいと。
もうだいぶ前の話ですが重い話をしたら私が悩むと思った患者さんがいたのです。
それだけ患者さんはカウンセラーのことを思ってくれています。
そのときはまた反省し、カウンセラーはどうあるべきかと考えました。
あれから10年以上経ってますがやっぱりカウンセラーはどうあるべきかを考えています。
ただ唯一言えるのはカウンセリングは患者さんのためにあること
患者さんに良いことなら何でもする
また実際にそうしている自分がいること
友人の居ない患者さんと唯一カウンセリングの時間だけ一緒にお茶を飲むこと
私は患者さんと唯一カウンセリングの場で患者さんに自分自身がおもてなしを受けていい存在なんだと思って頂きたいのです。
最高のおもてなしをカウンセラーから受ける存在なんだと思って頂きたい
それは経験から学んだことです。
長くなりましたが、また続きは次回に書きますね。
カウンセラーはどうあるべきか?
また書いていきたいと思います。
お読み頂いてありがとうございます。
(一社)日本医療カウンセラー協会 代表理事 土田くみ